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出会いの法則という引力。引き寄せの力。人の所為にする人は、自分の人生の責任を持っていない人。

  • unou100
  • 2017年5月21日
  • 読了時間: 3分

努力は必ず報われるかというと、現実にはそうであはありません。

成功のために「努力」は必要な事の一つではあります。しかし努力をすれば成功するかというとそうでもない。

努力が実らなかった人に多いのが、うまくいかなかった事を周りの所為にすることです。

他人が悪い、環境が悪い、政治が・社会が・運が悪い。そうすることで、気が休まるのかもしれませんが、その人たちは、自分の人生を他人や環境、社会・運に委ねている。つまり自分の人生であるのに、自分の人生の責任を持っていないということの裏返しです。

自分の人生を、他人や社会にまかせられますか?

だれが、あなたの人生の責任を果たしてくれますか?

家族であっても、そこまではできません。やろうともおもいません。他人があなたを成功させる責任を果たせるわけがないのです。せいぜいうまい話をされて、だまされて終わる程度です。

人生に起こる全ての責任は自分自身にある。

例えば、信号で止まっていて追突されたとします。これは誰が悪いかというと、ぶつかってきた方も悪いのはもちろんですが、そこに止まっていたその人も悪いのです。

道路交通法上はそこに止まっていた人は何も悪くないのですが、出会いの法則上で言えば両方が悪いのです。

出会いの法則とは、似た者同士が出会う類の法則があります。人間にもその人の器に応じて引力があります。ここで引き寄せられる出会いはプラスの人にはプラスの友人、マイナスの人には、同じくマイナスの多い友人が出会うのです。(引き寄せの法則などともいわれているようですが)

そしてこれは友人・知人などの人間同士の出会いもあれば、仕事やチャンス・機会、災難や不幸もその人によって引き寄せられる出来事なのです。

だから、道路交通法上では悪くなくても、出会いの法則上は同じ状態であり、それがマイナスの出来事であればマイナスを引き寄せた自分に責任があるわけです。それは裏を返せば、自分自身に全てを動かす力があるというこなのです。しかし、人の所為にするという、時点でその力を放棄しているようなものです。

この世に起こる出来事は、全てに意味があり、必然です。だから、失敗が悪いわけではありません。その失敗から学ぶこと、変えることができるのです。責任がある人は、そこを見つめなおすことができます。しかし人の所為にしていては、何も改善されないのです。

この記事の冒頭に努力の話をしました。世の中には、報われる努力とそうでない努力の2つがあります。報われる努力というのは、努力を努力とおもっていない努力です。それはその努力そのものもを楽しんでいる。生きがいとしてやっている努力です。

もう一つの努力というのはやらなければいけないとおもって、苦労しながらやる努力です。

どちらの努力も苦労はあるのですが、苦労もよろこびに感じられるか、そのまま苦労ととらえるかで結果がまったくちがいます。それは先ほどの類の法則、人間のもつ引力の力です。努力を苦しみながらやった時は苦しんだ結果。苦しみの中でも、生きがいを持ってよろこんでやった時にはよろこんだ結果がでる。これは当たりまえの法則なのです。

あなたはどちらの努力をやりますか?


 
 
 

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